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書評

マリー・ロスバード著、森村進/森村たまき/鳥澤円訳

『自由の倫理学:リバタリアニズムの理論体系』勁草書房2003.11.刊行

『東洋経済』2004.2.28. 62

橋本努

 

 

 「なぜ国家は必要なのか」という国家論の根本問題に応じた本書は、二〇世紀のリバタリアニズム(自由至上主義)思想のバイブルとも呼ぶべき傑作である。

一般にリバタリアニズムといえば、アメリカの哲学者ノージックの主著『国家・アナーキー・ユートピア』が有名であろう。しかし本書はノージックの理論的欠陥を乗り越えて、よりいっそう根源的な自由思想を展開した点に新味がある。例えばノージックは「最小国家」という最低限の政府機能を正当化するが、ロスバードはその「最小国家」すらも認めず、無政府な社会こそが望ましいと主張する。その理由はさまざまに論じられているが、端的に言えば、国家はいかなる独立人をも包摂することができず、補償や課税は非合法な手段だ、というのである。

こうしたロスバードの立場を「アナキズム」と呼ぶ人もいるかもしれないが、しかしそれは誤りだ。ロスバードは自然法の存在を確信しており、たとえ政府が存在しなくても、秩序ある社会を実現することができると考えるからである。例えば古代のアイルランドのように、裁判所が民営であっても秩序ある社会は存在した。リバタリアニストはこうした史実を例証として、人間の理性と自然法に基づく統治のあり方を模索する。そしてその場合、裁判や警察までも民間に任せることが望ましいとみなすわけである。

にわかには納得しがたい思想であるかもしれない。しかし本書の内容は極めて啓発に富んでおり、著者の思想に賛同しない場合にも一読するだけの価値があるだろう。例えば、不買運動(ボイコット)の正当性や、国家による戦争の否定(および核兵器廃絶の要求)を掲げる点では、ロスバードの主張は市民派と共鳴する。また、奴隷制を否定したり、誹謗中傷を正当性したり、将来履行される予定の契約を破棄することを合法としたり、賄賂において贈賄側は無実だと主張するなど、ロスバードの考え方は、一見すると「自由契約」の理念に反するようにみえる。が、これらはすべてリバタリアニズムという理念の元に一貫して導かれているのだから驚きだ。

ロスバードの自由主義批判にも光るものがある。例えばハイエクやバーリンのような思想家の弱点をつくところなど、本書はとても刺激的に読める。

もちろん著者の論理に問題がないわけではない。しかしリバタリアニズムという極端な思想をこれだけ説得的に論じた本書には、まったく脱帽してしまう。国家の存在理由をめぐる本格的な論争の書、訳文も平易で素晴らしい。

 

橋本努(北海道大助教授)